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episode.07

1976
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僕が初めてバイクというかレースを撮りに行ったのは、確か1976年の富士スピードウェイで行われたMCFAJのレースだった。このころは2ストのレースが盛んで50/90/125/250/350ccと500ccというように細かく分かれていた。ノービス125ccのエントリーは50台ぐらいで、予選も1組2組と分かれていた。そういえばTZ750ccも走っていたな。サイドカーのレースも結構人気があって、毎レース12台ぐらい走っていた。現在ではエンジンは4スト4発の600ccのイコールコンディションだけど、当時はCB750、カワサキH2、BMWのR50Sとかが、いろいろな音を奏でながらサーキットを走っていておもしろかった。とにかくフォルムとかゼッケンでわかるんじゃなくて、音でわかるっていうのがいいよね。

 

僕は2ストロークが好きで、一番最初に本橋ヤマハからRX350を買った。あの軽さがいいよね。オレンジ色のタンクがきれいだったなあ。正面から見る二本のエキパイの曲がり方が良かった。バイク仲間と話している時、回転数は忘れたけど何千回転からの加速感がたまんないんだよね、とか、少し長距離を走る時なんか1Lのオイル缶を持って行ったりして。チャンバーから良い匂いがしたりすると、ねえそれ何処の、なんて聞いて大体がカストロールだった。

 

今日、1978年5月21日の富士スピードウエイで開催されたエントリーリストを開いてみると、2ストロークのレースの後に4ストのプロダクションレースがあった。CB、GS、RSがエントリーをしていてヨシムラR&Dから加藤さん、浅川さん、大矢さんがエントリー。ヨシムラの集合管から出てくる野太い音に皆集まって来て写真がなかなか撮れなかった。とにかくもの凄い人だかりだった。全部で11レースあって、一番最後のプロダクションレースではGSに乗る浅川邦夫さんが優勝しました。そしてそのエントリーリストの裏表紙の広告は、なんとヤマハのパッソル&パッソーラだった。

 

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