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episode.13

左撓骨

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去年の11月初めに左撓骨遠位端粉砕骨折というあまり聞き慣れない骨折をやってしまった。気がついたら左の手のひらが地面に着いていた。左足にはエンジンが被さっていた。

 

体重が掛かった左手はグローブをしていたので血は出ていないが何か変だ。左足はいつものWESCOを履いていたので外傷も無く何ともないようだ。直ぐにバイクを抱き起こしてヘルメットを脱いだ。左の手首に力が入らない。今日は雑誌HBJ編集部で用品の撮影日だ。ストロボのスタンドを伸ばしてネジを締める時、左の手首が腫れて来てだんだん痛くなって来た。少し撮影をしているとあまりにも痛いので左の手首を見たらパンパンに腫れ上がってきた。これは手首が骨折してしまったのかなあ、でも自分ではあまり認めたくはない出来事だ。編集部の馬場さんに車で近くの整形外科まで行ってもらってレントゲンを撮った。馬場さんは撮影の準備をしているときから僕の動きが何かぎこちないと感じていたらしい。レントゲンを見て粉砕骨折だと言われ「これは手術が大変だ」と先生が言った。もしもここで手術をやるとしても来週の水曜日以降になるので他の近くの病院を紹介してもらった。直ぐにギブスをした。ギブスをして固定されると痛い事は痛いけどかなり痛みは和らいでくれる。病院の待合室で連れ合いと一緒に待っているとだいぶ落ち着いて来た。またまたかみさんに心配をかけてしまった。痛み止めの薬と胃が荒れないようにと胃薬も処方してくれた。

 

手術は翌週の木曜日の午後にした。手術用の白いワンピースに着替えて血栓が出来ないようにと爪先からふくらはぎまである弾性ストッキングを履いて右手の腕には点滴の針を刺して看護師さんに連れられて手術室のある3階まで歩いて行った。中には白衣を着てマスクをした3~4人の先生方がいたようだ。幅の狭い硬めの手術用のベットで横になったらそれぞれの先生を紹介されて麻酔科の先生が顔のすぐ横に来て酸素マスクのようなものを口にしたら周りの声が徐々に遠のいて行った。気がついたら病室のベットの上で寝ていた。三時間ぐらいかかったようだ。右腕は点滴をして左手首の周辺は真新しい白い包帯が巻かれ点滴スタンドから吊るされていた。体中が非常にだるくて自由がきかない。真夜中に看護師さんが小さい懐中電灯を持って点滴を取り替えに来てくれた。抗生物質だと言っていた。うろ覚えだ、多分10秒ぐらいでまた寝入ったんだろうな。

 

そして尿道には管がまたしても入ってる。この管を抜くときが痛いのなんのって。看護師が抜くんだけどゆっくり抜いても早く抜いても痛いんだよ。管を抜いて2~3日は血尿とおしっこが一緒に出て来るんだけどこれがまた痛いんだ。でもまあ4日も経つと痛みも治まってもう忘れちゃうくらい元に戻る。手術をした翌日の午後病室にいると看護師が来て「これからリハビリに行って下さい」と言われてビックリ。「えっもう行くんですか」「そうです2階のリハビリ室に行って下さい。もう連絡をしてありますから」。2階のリハビリ室はかなり大きくて学校の教室の1.5倍あるかな。リハビリで使用する用具がかなり置かれて賑やかだ。先生が「はいそこに座って、ではこれから始めます」と言って左手の指を一本一本ゆっくり折り始めた。「痛い」と言ったら一言、「指は骨折はしていません」。丸一週間動かしていないと指の腱は縮んでしまう物らしい。元々左利きなので当分の間不便かなと思うと同時に将来の為に右手でも箸を持つ練習とか歯を磨こうかなと思ったりした。

 

右手で少し慣れて来て2週間も過ぎた頃、左手でぎこちないが箸が使えるようになって来た。やはり利き手で食べる方が良い。握力がなかなか元に戻って来ない。今は28kgぐらいかな。今右手が42kg位なのでもう少し時間が掛かりそう。後、手首がなかなか90度まで曲がってくれない。手首が何不十無く動くというのは素晴らしい。一つの動作をする時に手首はかなり複雑な動きをするものらしい。新品のペットボトルのキャップを開けるとき。カメラのレンズを交換するとき等々、捻ったり曲げたり5本の指もそれぞれの働きをしている。春になって暖かくなると動きも楽になるでしょう。皆様くれぐれも御注意ください。

 

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