episode.18

DAYTONA/前編

HDJのメディアツーリングの撮影でフロリダ半島を一周、約2000kmの旅をタンデムシートから見させてもらいました。サンシャインステートと呼ばれているフロリダ半島の2月は晴天が続き日差しもかなり強く顔も腕も直ぐに真っ黒になる。マイアミ?キーウエスト?タンパと廻ってツーリングの最終日には3年振りにDAYTONA BEACHのモーテルに泊まるので行く前からワクワクしていた。そのモーテルは平屋建てでコの字形をしていてフロリダサンシャインにぴったりの少し濃い目のピンク色に塗ってあった。夕ご飯の後も暖かくて皆で部屋の外で夜風に吹かれながら飲んだビールのうまい事。

 

初めてDAYTONA行ったのが1981年、そのときはツアーで行ったのでまだプレスカードを持っていなかった。フェンスの外からしか撮影ができなくてとても悔しい思いをしたのを覚えている。よしっ来年は必ずコースサイドから撮るぞと思って日本に帰ったのを覚えている。そのとき走っていたライダーはエデイーローソン、ケニーロバーツ,フレデイスペンサー、ウエスクーリー等、今思えば豪華なメンバーだった。

 

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成田を出るのは夕方の4時ぐらいで、デトロイト?アトランタ?デイトナビーチと乗り継いで行く。1970年から1990年の初頭までヨーロッパとかアメリカに行くときはアラスカのアンカレッジ廻りが一般的でアンカレッジで給油のため一回降りて皆も休憩をした。デューティーフリーショップが立ち並ぶ奥の一画に真っ白い大きな暖簾にひらがなで「うどん」と書かれた文字がやけに目立っていたのを覚えている。まだ成田からアンカレッジまで数時間乗っただけなのに妙に日本の味と文字が懐かしく感じられた。また人間の背丈の倍近くあるシロクマの剥製が二本足で立って迎えてくれた

 

1990年の初頭に米ソの冷戦が終わりを告げると共に旅客機の航続距離も伸び、日本からヨーロッパへはロシアの広大な大地を飛びアメリカの東海岸までもダイレクトで飛べるようになった。デイトナビーチに着くのは同日のすっかり暗くなってからの夜10時ぐらいで、乗り換えの時間を入れると大体16時間ぐらいで着く。体の中が何か変な感じだ。頭も徹夜明けみたいな感じでボケーッとしている。でもなんとなくテンションは次第にあがって興奮して来る。早く暖かいDAYTONAに着きたい。東京の2月下旬はまだまだ寒いけどDAYTONA BEACHに着いて一歩踏み出したとたんに南国特有の少し生暖かい空気と甘い香りが風に乗って来て、いきなりTシャツの姿になれるとは嬉しい限りであった。

 

中編へ続く。

 

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写真師

磯部 孝夫

HBJ創刊以来のメインカメラマン磯部孝夫。マン島取材では毎年10日間以上も現地の友人宅にホームステイするという、まさに里帰り。1981年より通うデイトナではメインストリートの混沌とした魅力に魅せられたという1949年生まれの御年62才。
URL■www.isobetakao.com