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episode.02

The story of Japanese custom paints.
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カスタムペイントの魅力的な所を紹介してきた前回ですが、今回は日本のカスタムペイントのストーリー的な話を僕なりに紹介していきたいと思います。日本のカスタムペイントは、僕の知る限り70年代始め頃のカスタムカーのペイントがスタートではないかと思います。カリフォルニアのバニングやトラッキンという文化がヒッピームーブメントやフラワーチルドレン文化とミックスされて、サイケデリックなエアブラシのイラストレーションを、ボディパネルをうまく使ってデザインで区切を付け、ストーリー展開していくようなスタイルが多く見られました。

 

当時の代表的なエアブラシアーティストと言えば横浜のブルーオートの青木氏の名前がまず浮かんできます。レタリングをクローム調にしたり、宇宙や南国風のモチーフも良く見かけました。ハーレーの世界で言えば、ネスやベイエリア系のカスタムペイントに代表されるアラベスクのリーフィングなどはフリーダムの堀さんやタメさんなんかが良く手掛けられていたかと思います。同時にサイケデリックなペイントに欠かせないメタルフレークや、キャンディカラーなんかも当時から進んで使われていました。

 

樹脂が今と違ってナイトロセルロースのラッカーだったので、深みを出したりフレークをきれいに塗ろうとして厚塗りになってしまった場合、よく乾燥後クラックが入ったりしたものです。その後アクリルラッカーが出てより塗膜性能は向上しつつ、2液型ウレタンの登場でいろいろな可能性が広がることとなります。堀さんやタメさん以外にも、当時からデンの佐藤さんやロナーセイジ中村さん、ホットドック河北さん達はビルダーであると同時にカスタムペインターでしたね。自身でデザインし、創り上げてきちんとペイントも下地から仕上げることができると言うのは、カスタムバイクを創る上でのある意味理想と言えるかもしれません。分業が普通で高効率化をはかるアメリカではなかなか見ることはできないと思います。どちらかと言えばアーティストに近い感じなのかな。

 

カスタムペインターとしては70年代終わりから80年代にかけてショップを立ち上げる方がいらっしゃいました。僕もその当時良く知っていたのは、シルバーフォックス佐藤さん、RYO’s Flameのリョウさん、そしてブラッシュファクトリーの平井さん。レーサーレプリカブームからレプリカヘルメットや、カスタムペイントが一般ライダーにも認知され、より一層身近になってきた時代でした。当時学生だった僕は、ブラッシュに夜な夜な遊びに行っては平井さんの仕事の邪魔(笑)をし、それこそペイントだけでなくいろんなコトを教わりました。ありがたいですね、懐かしい限りです、ハイ。

 

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