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episode.15

KR兄弟

先日、僕の一番大切で愛して止まないバイクたちを、スタジオで撮影してもらう機会がありました。今回はそんな僕の一番大切なバイクたちにまつわる話しを少ししたいと思います。

 

そもそも「たち」という言い方をバイクに使うのも変な話ですが、全部で3台のバイクたち、車種はKR750、そうハーレーがダートトラックだけでなく、ロードレースでも勝利を収めていた、まさにハーレーレーシング黄金期のマシンであります。僕がこの3台のKRを「たち」と呼ぶのには理由があります。同じKRだから? いえいえそれだけではなく、この3台たちは全て同じチューナーによって作られた兄弟であり、しかもその血統はKR究極の血統であるマシンなのです。

 

Bob Hoh

 

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本名はRobert E.Hohといいます。このKRたちのオリジナルオーナーでありチューナー、僕の憧れの人であり、またもう会う事の出来ない人でもあります。Bobは1950年代~1970年初頭にハーレーレーシングに籍を置き、多くのマシンとレーサーを育て上げた人物で、KRに関しては開発当初から携わっており、KRのエンジン部品に関して数多くのパテントを持つ人物でもありました。

 

そんなBobの手によるマシンを走らせたレーサーには、Bobby hill、Everett Brashear、Cal Rayborn、Bart Markel、George Roederと、AMA Hall of Fameに名を残す名ライダーが多くいます。特にハーレーレーシングの中でも伝説とも言えるCal Raybornに関しては、レースやLand Speedに挑戦した際のテクニカルアドバイザーをBobがしている事で分かる様に、かなりの信頼関係があったのでしょう。Calの輝かしい勝利は彼が天才であったと共に、それを引き出す事の出来たマシンを作った、Bob Hohと言うもう一人の天才がいたからなのです。

 

Bobの事を「Harley-Davidson’s secret weapon」と呼ぶ人たちがいます。secret weaponとは秘密兵器。そう、ハーレーの秘密兵器とまで言われたBobが、なぜあまり知られていないのか?

 

アメリカと言えば割とオープンなイメージを持ったりもしますが、その当時、現代以上にレースの結果はメーカーのプライドだけでなく、販売台数を大きく左右していました。その技術の核となる部分を作り、知りうる人物を表に出すということは、メーカーの存続にかかわる様なもので、やはりそれは出来なかったのではないでしょうか。またBob自身も表舞台に出るのはライダーで、自分はマシンを作るのに徹するというスタンスだったと聞いています。ファクトリー時代、表立って名前を残していない事と、公に写る写真があまり存在しない事、ファクトリーを去った後も旧式のKRに拘り続けた事が、一般にはあまり知られていない理由ではないでしょうか。

 

ただ唯一、公に写ったBobを見る事が出来る写真があります。それは本自体も伝説となったAMERICAN RACER 1940-1980、通称「赤本」の中にあります。その写真はとても有名なシーンです。先に話したCal RaybornがDytona 200mileで優勝した際の1カットにファクトリー時代のBobを見る事が出来ます。ちなみにこの写真はレースに勝利したCalがBobに一緒に写る様にお願いをした事で実現したと言われています。今となっては真相はわかりませんが……。この本を持っている人は一度ご覧になってください。

 

Bob Hohはハーレーレーシングを去った後、自身のショップ/レースチームを持ちAMAヴィンテージクラスのトップチューナーとして活躍していました。そう、そのチームで走らせていたのが、この僕の愛してやまないKR兄弟たちなのです。このKR兄弟たちに関しては、それぞれに少しばかりヒストリー等も有るのですが、その辺りはまた機会がありましたら話したいと思います。最後に、今発売中のとある雑誌に私のレーサーたちを特集して頂いております。宜しければそちらもご覧になってください。

 

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