episode.01フルカスタム、再び!

ロナーセイジ製作の
初代パンヘッドカスタム

H-D専門誌ホットバイクジャパンにて、「MY H-D DIARIES/ロナーセイジカスタム製作記」から、現在は「1000の主張」で長期レポート中のHBJ編集部員ナリタのパンヘッドカスタム。まずは自己紹介を兼ねて、お題目にもあるように2回目のフルカスタムに至った経緯をざっと振り返ってみよう。

 

リアにサスペンション機能を持たないリジッドフレームを採用したハイドラグライドの最終モデルをベースに製作された、この1957年式FLHを手に入れたのは99年。茨城県のカスタムショップ、ロナーセイジをはじめて訪れたのは98年のことだった。HBJ37号(98年7月発売)で、ロナーセイジが手掛けたドラッグスターテイストのEVOカスタムを見たことがきっかけとなり、そしてその記事を見てロナーセイジというカスタムショップのこともはじめて知った。ちなみに僕がはじめて買ったHBJもこの37号だった。

99年のクールブレイカー2ndに出展した初代パンヘッドカスタム。このカラーリングとサイドのスキャロップは新しいパンヘッドカスタムにも受け継がれている。

99年のクールブレイカー2ndに出展した初代パンヘッドカスタム。このカラーリングとサイドのスキャロップは新しいパンヘッドカスタムにも受け継がれている。

完成のお披露目は99年に行われたH-Dオンリーのカスタムショー、第2回クールブレイカーへの出展だった。ピーナッツタンクにフラットフェンダー、スプリングフォークを装備したロナーセイジのスタンダードチョッパー。見せ場はキャンディレッドにスキャロップが描かれたペイントワーク。そのデザインコンセプトとカラーリングは新しいパンヘッドカスタムにも受け継がれている。このパンヘッドを前カスタムからの継続的な流れを汲んだオートバイにしたかったから。あの悪夢のような交通事故を忘れないためにも……。

 

 

Round And Round
10年越しのフルカスタム

──04年7月12日、編集部へと向かう通勤中のもらい事故。幸いにも大きなケガはなく、僕は一週間ほどで退院できたが、パンヘッドのメインチューブは見事にポッキリと折れてしまった。つまり廃車状態だった。それから保険会社と1年近く示談で争ったものの、どうにかロナーセイジにてパンヘッド再生に漕ぎ着けた。そして08年に行われたヨコハマホットロッドカスタムショーのHBJブースに、二度目のフルカスタムとなる新しいコンセプトのもとに完成したこのパンヘッドを出展することができた。実はそのコンセプトは前カスタムで理想に掲げていたドリームプランでもあった。ロナーセイジを訪れるきっかけになったHBJ37号で見た、あのEVOカスタムがイメージソースのコンセプト。まさか10年越しで夢が叶うとは……。では次回の更新では二度目のフルカスタムで生まれ変わった新生パンヘッドについて詳しく紹介しよう。

事故直後の初代パンヘッドカスタム。ご覧のようにフォークはグニャリと曲がり、ダウンチューブが弓なりに反っている。ここから新しいカスタムプランがはじまった。

事故直後の初代パンヘッドカスタム。ご覧のようにフォークはグニャリと曲がり、ダウンチューブが弓なりに反っている。ここから新しいカスタムプランがはじまった。