episode.191 訣別/破 「2004年7月12日、あの悪夢がやってきた」

2004年7月12日、
あの悪夢がやってきた

ホットバイク編集部を離れてから2年あまりが過ぎた。その間も外部ライターとしてわずかながらであるがホットバイクとの関わりは続いていた。担当医から1年間はオートバイはもちろんのことクルマの運転も禁止するように言われていたので、パンヘッドに乗ることはできなかった。車両は製作をお願いした茨城県のカスタムショップに預かっていただいていたので、たまに電車に乗ってお店に遊びに行っていた。靴を脱いで上がるあのショールームにひっそりと置かれているパンヘッドに「面会」といったところか。しかし勇気づけられていたのは、圧倒的にこちらの方だった。

 

そんな中、編集部の人手不足もあり、2003年の初冬に発行されたホットバイク75号から編集部に復帰することになり、また嵐のような毎日がはじまった。その後パンヘッドはショップから引き取り、再び蜜月の日々に突入。編集という仕事柄、休みは不規則でツーリングなどに出かけることは難しい状況だったが、非日常とも言えるパンヘッドでの通勤が楽しくて楽しくて仕方がなかった。

 

──そして2004年7月12日。あの悪夢がやってきた。またしても交通事故である。通勤中のもらい事故だった。幸いにも大きな怪我はなく一週間ほどで退院できたが、パンヘッドのメインチューブが見事に折れてしまった。つまりは廃車。愛機での事故だけに精神的なダメージは計り知れないものだった。

 

 

しかし本当の地獄はここからはじまった。過失割合の話し合いはすんなりと進んだものの、修理費用に関して保険会社ともめにもめ、最終的には弁護士が出てくる始末。50年近くも昔のオートバイの価値はゼロです、というところから話ははじまり、カスタムに関してもそれは個人的な趣味趣向の改造であり一般的な価値は認められませんというカスタムカルチャーを真っ向から否定する偏った見解を押し付けられ、絶体絶命のピンチに立たされた。しかも相手は法律のプロ。草野球のマウンドに大リーグ投手が上がるようなものだ。シンカーだかスライダーだかツーシームだかなんだか知らないが、そんな球打てっこない。だいたいシンカーとスライダーの違いもわからないこちらは素人なのだ。だが泣き寝入りなどありえない。こうなったら徹底的に戦うしかない。まずはバットに当てること。よしバンドの練習だ!

 

ここで一句。
「大人げない 素人相手に ツーシーム」

 

取材協力
ロナーセイジ
住所■茨城県小美玉市大笹470-12
電話■0299-48-3787
休日■火曜日


ホットバイクジャパン.com編集部

成田恒一 Kouichi Narita

京都生まれの京都育ち、生粋の京都人という妙なプライドがチャームポイント。HBJ編集部員になり13年目(途中ブランクあり)にしてHBJ.comを立ち上げる。東京に来て25年以上たつも、未だ京都弁が抜けない。趣味は物欲。趣味を超えてその物欲で生きていると言えなくもない、もはやライフワーク。ちなみに特技も物欲である。そして2005年、勢い余って67年式カマロを購入。目下のターゲットはD5。