EPISODE.257 未だ見ぬ世界/序

ハーレーは僕にいろいろなことを教えてくれる

──東京阿蘇1300km

僕が雑誌ホットバイクジャパン編集部に入ってはじめて担当したHBJ43号(1999年7月発売)の巻頭特集が東京?阿蘇間をイッキに走るこのツーリング企画だった。初の巻頭特集ということもあり、この43号はぼくにとってちょっとした記念碑的な号となっている。

当時はパンヘッドのカスタム中で、まだハーレーを持たない新人として少なからずコンプレックスを抱えていた。そんな中での巻頭ツーリング特集は期待と不安が入り交じった、まさに体当たり企画であった。

ここからはHBJ43号のテキストに少し手を加えた物を引用する。ずいぶん昔の記事なので、稚拙な文章でお恥ずかしい限りであるが、しばしお付き合いいただきたい。

「巻頭はFL vs FX、FLは阿蘇までひとっ走りするかァ。そうだなあ、ナリタくん行ってくれば……」

編集長イケダのいつもの軽いヒトコトで唐突に決定した、東京→阿蘇イッキ乗り。FLが高速道路にふさわしいオートバイであることは、初めてのハーレーを納車待ちのぼくでも分かるけど、それにしてもなあ……。「ナリタくんさァ、木星の裏側まで行ってタバコ買ってきてくんない」くらいなことは同じ口調で言うんだろうねこのヒトは……などと思いつつ、まずは地図を開いてみた。

東京、大阪まで東名高速から名神を経て約550km。そこから山陽道で岡山、広島、山口の関門海峡まで約500km。九州道に入り、北九州、福岡、久留米を経て熊本インターまで約170km。そこから阿蘇までは一般道で約40km。ざっと計算して総行程は1260km。給油と食事以外はノンストップで走り続けたとしても16?7時間はかかるはず。あまり実感の湧かない距離ではあるが、遠いことは確かなのだろう。

だいたい阿蘇が熊本にあることすらぼくは知らなかった。東京での暮らしの中で阿蘇について考えを巡らすことはまずないし、ぼくにとってそれは月のクレーターと同じくらいの存在でしかなかった。九州はおろか、中学の修学旅行で山口県を訪れたのが、ぼくの「日本最西端記録」なので、今回のツーリングで記録更新、九州初上陸というおまけまで付いてくる。口内炎を治そうとビタミンCを飲んでいたら、お肌までキレイになったくらいの有り難みがある。

梅雨入りから一週間ほど経った出発の朝、ハーレージャパンにて1999年式FLTRロードグライドとご対面。デュアルヘッドライトを装備した巨大なフェアリングとサドルバッグのためか、実際の大きさよりもさらに大きく感じる。まさに「キングオブハイウェイ」。フェアリングの下には立派なヒゲをたくわえているようにさえぼくには見えた。

いよいよちょっとした冒険のはじまりだ。ハーレーを持たない編集部員であることに少なからずコンプレックスを持つぼくにとって、このツーリングは最高のチャンスになる。そう信じながらギアを1速にほうり込み、ゆっくりとクラッチを繋ぐ。こちらの緊張感が伝わったのか、編集部のみんなの心配そうな顔が、なにかの標本みたいに並んでいるように見える。いざ出発、時刻は午後2時。終日雨との天気予報とは裏腹に、うっすらと日が差し雨の気配は感じられない。世紀末目前のクローン牛さえ創り出せる現代において、天気予報だけは相も変わらずいい加減だ。

編集部をあとに東名高速用賀インターを目指す途中、ガソリンスタンドでFLのフューエルタンクを満たす。ぼくはこの瞬間がたまらなく好きだ。何万年という途方もない時を超えて地球が造り出したこの液体とオートバイがあれば、ぼくはどこへだって自由に行ける。その気になればこの地球上で行けないところはない、会えない人はいない。なみなみとタンクに注ぎ込まれるガソリンには無限の可能性が秘められている。ゾクゾクしないほうが、どうかしている。

お尻の落ち着きの悪さを感じつつ、はじめての高速へ。どうやらハーレーはこのシートをぼくのお尻のカタチに合わないようにデザインしたようだ。高速を疾走する車は片っ端からぼくに牙を立てている。そんな理不尽さを感じつつ、東京インターのゲートでチケットを受け取るために左足を出すが地面が遠い。まるでインド象にでも跨がっているみたいだ。なにもかもがぼくには不具合に感じられる。こんな調子で阿蘇まで辿り着けるのだろうか。ゲートのおじさんの笑顔もどこか引きつって見える。末期症状だ。ぼくの顔は今どうなっているのだろう。借りてきた二級品のブロンズ像みたいにこわばっているのだろうか。とにかく走るしかない。前に進むんだ。走行距離がすべてを解決してくれることを願って。

──ハーレーは僕にいろいろなことを教えてくれる。

ここで一句。
「はじめての インド象に乗り いざ行かん」
少し字余り。


ホットバイクジャパン.com編集部

成田恒一 Kouichi Narita

京都生まれの京都育ち、生粋の京都人という妙なプライドがチャームポイント。HBJ編集部員になり13年目(途中ブランクあり)にしてHBJ.comを立ち上げる。東京に来て20年近く経つも、未だ京都弁が抜けない。趣味は物欲。趣味を超えてその物欲で生きていると言えなくもない、もはやライフワーク。ちなみに特技も物欲である。そして2005年、勢い余って67年式カマロを購入。目下のターゲットはD4S。