episode 68 風に吹かれて #01

ぼくの夢はなんだった?
心が震えなくなることを大人になるというのだろうか

2008年のHBJ103号でレポートした、カリフォルニアを南北に貫くコーストライン、California State Route 1、通称「Pacific Coast Hwy(=PCH)」を巡るショートトリップ。世界で最も美しいオールアメリカンロードと評されるこのPCHを、雑誌HBJのシラセイズミとともに2台のTC96でロサンゼルスから北上し、サンフランシスコを目指した至極の道程。実にアメリカ的な、完全な、完璧なツーリングだった。しみひとつないアメリカ的な青空のもと、ヘッドライトのクロームに写り込む凝縮された太陽とともにぼくらは走り続けた……。

 

なにを今さら昔の話しを……。

──現実逃避? いや違う。

 

これはぼくが前に進むための必要なステップなんだ。つまり心の整理のようなもの。

 

ここからはHBJ103号のテキストを抜粋したものに少し手を加えた原稿を引用する。

 

──この世の果てのような、文字通りの断崖絶壁から石を放り投げた。この先の山火事のためにPCHを進むことができず、途方に暮れているときだった。遥か水平線に日は沈みつつあり、あたりは刻一刻と闇に飲み込まれようとしている。 「なるようになるさ、なるようになればいい」。気がついたら足元にごろごろと転がっている石を握りしめていた。もっと遠くまでもっと遠くまでと、たしか八つくらい力の限り放り投げた。思い切り石を投げるなんて、何年振りだ? 子供のころは毎日のように大きい石や小さい石を投げていたような気がする。「どうして石を投げるのか?」「石を投げて楽しいのか?」と大人は言うだろう。すべてに意味や理由を求めるのが大人だから。ハードなこの世界で生き抜いていくためには当然だ。大人になると自由を手に入れると同時に、気づかないうちに不自由も手に入れることになる。子供は意味なんて求めないし、心のままに行動する。シンプルなのだ。

 

何でもできるという夢や可能性に溢れていた少年のころ。年を重ねるほどに心も体も凝り固まって夢を見ることすら忘れてしまう。心が震えなくなることを大人になるというのだろうか。それじゃあまりにも悲しすぎる。ごくありきたりの判で押したような現実が今、残酷なくらい目の前に広がっている。「これが本当に俺の人生なんだろうか?」「これが俺の思い描いた人生なんだろうか?」。

 

ぼくの夢はなんだった? 鳥のように空を飛ぶこと。かけっこで一等賞をとること。母親の身長を超えること。父親の身長を超えること。そしてオートバイの王様、ハーレーダビッドソンに乗ること……。子供のころからオートバイで自由に走り回ることを夢見ていた。中でもハーレーダビッドソンは別格、まさにドリームバイクだった。ぼくの叶えた夢は、十代半ばにして両親の身長を超えたことと、二十代の後半にハーレーダビッドソンを手に入れたことだ。ハーレーに乗れば、夢に溢れていたころのずっと昔の雨の音やら風の匂いを、もう一度はっきりと感じることができる。走るたびにすぐそばに感じるし、いろんなことを思い出す。それは記憶なのだ。古ぼけた映画館のシートに座り、まるで8ミリ映画を見ているように遠い過去の記憶が次から次に蘇ってくる。

人間なんて単純なものだ。少なくとも独り身のぼくという人間に限って言えば。抱え切れないほどのお金を欲しいと思ったことはないし、都内に一戸建ての家が欲しいと思ったことも、奥さんを三人欲しいと思ったこともない。ぼくの人生において欠かすことのできないもの。それはレシプロエンジンを積んだ古めかしい2台の宝物、57年式パンヘッドと67年式のベビーカマロがあればとても豊かに暮らしていけると思う。

 

時は澱みなく過去から未来へと流れ続け、今こうしている間にもゆっくりと、そして確実に時計の針は進んでいる。時を止めることは誰にもできないし、ぼくの知る限りさかのぼることもできないはずだ。ごく控え目に言っても未来への可能性は減り、思い出と後悔だけが増えていく。ぼくは今までたくさんのものを失ってきたし、諦めてもきた。石以外のものもたくさん放り投げてきた。ハーレーダビッドソンでどこかへ行くという行為は過程であり手段であって、ぼくにとっては夢に溢れていたあの頃へ帰る、失ってきた多くのものを取り戻すという別の本当の意味がある。

 

言うなればハーレーダビッドソンとは、純粋に石を放り投げたくなるオートバイなのだ。

 

──そろそろ行こうか、とイズミさんが言った。ふと見渡せば日はどっぷりと暮れ、あたりは完全な闇に支配されていた。ぼくは真っ黒な海に向かって最後にもうひとつ石を放り投げ、そしてゆっくりと頷いた。

「行きましょう」

 

ここで一句、いや予告……だな。

 

「では次回 衝撃の事実が 明らかに!」

 

少し字余り。